客人をもてなす
心意気が試される瞬間である。
友人知人の関係もあれば、ビジネスの関係もある。ビジネスとは思わせない関係性というものもたしかに、この世の中にはあり得る。
損得勘定という概念がある。利害関係という言葉がある。だいたい世の中のあらゆる「関係」に当てはまるものであり、人は己の行動にストップをかける。相手を利用しようとする人間もいるし、無自覚的に、得をする思考を選ぶ人もこの世の中には、いる。
私は割とそういうタイプの人間だなと判断している。別に相手が損するようなことはしていないものだという判断もしがちであり、これがよくエゴイスティックだ、と言われることもある。感情的な判断よりも全体的な幸福度の上昇を意識する。
自分も得して相手も楽しけりゃそれでいいんじゃないか、なんて思ってるから、多分年上の人からあんまり好かれない。気使えねえし、俺。
だからこそ私は「慕って直接連絡をくれる人」としか外に出ないし、よっぽど私はこの人と行きたい、というのがなければ誘わない。行きたい人を誘えない恥ずかしさみたいなものもよくわかるし、俺も実際まだそういう気持ち、あるから。
そういう感情を覚えなくなった相手のことを友人と呼ぶのだろうか。
ひばりヶ丘二郎や関内、神保町を所望するならまだしも、地方から旅行で出てきて「府中店に行きたい」なんていうモノ好きはこの世の中にどれほど存在しているだろうか。
私はそういう友達を大事にしたい。
ちなみに彼はかなりの三田ヘッズである。
気の合うともだちってたくさんいるのさ。
2ヶ月連続で府中に来たことなど今までにあっただろうか。先月の記憶なども怪しいものだが。
店主の鍋攪拌ムーブだけは頭の片隅にこびりつくのである。
こ、これは!?!?!?
厨房が見えるお湯被り席からオペを見ていたが…実は府中のチーズは2枚だったのだ。2枚だったのである。ダブルは頼んでないが、1つのブタを2枚のチーズで挟んでいたのだ!!
などと力んでウォッと拳を振り上げ「世界は割れ響く耳鳴りのよう」などとシンガロングしながらニンジンさんがゴロゴロ顔を出したアブラでシャキめのヤサイを食らった。
府中二郎のアブラから発掘されるニンジンはいつも、ダイヤモンドのように輝いている。
むしろ美しいモヒカンだ。
掘り出した麺はいつも通りの力強さを見せてくれる。見せてくれるどころではなく、噛み付いた瞬間にもその重みを味わせてくれる。硬…くはないな。今は亡き武蔵小杉、いや、下北沢の尊師が言ってた「半勃ちなんとかの食感」とはまさしくこのことを言う。
なぜこの、あまり力強さを感じないスープが絶妙にマッチするのだろう。知る由も無い魔法がかかっているんだろうな。
チーズの油脂分でブタも完全に生き返ってた、みたいなことはなく。この日のブタは脂身が残っていてうまかったんである。
堪能した!サクッと完食フィニッシュムーブ軽く会釈して退店。
昼に三田で大ブタを食ったにも関わらず、20時過ぎに大つけを食った友人に最大の賛辞を。
そしてその夜、矢継ぎ早に中毒者の友人どもから寄せられた「宇ち多゛行くぞ」の連絡に応えた俺の人生よ。報われろ