美味いものを食った後は、満面の笑みで感想を伝え合いたい。
そんなふうに考えていた時期が 俺にもありました。
人間というのは共感性を持っているものだ。それは社会的な性質であり、自分自身しか感じ得ない心の動きを、他人が同じように考えていたと理解する。
当然ながら自分一人でこれを反芻することも、正しい楽しみ方の一つだ。
ただ、例外という物語は、確実に存在する。
今回の首謀者はAだ。
「カーシェアのナイトパックがこんなにも安いなんて知らなかったよ。
遠くのサウナまで行ってチルって帰ってくることも可能だ。どうせならフィンランドまで行ってしまおうか。」
ヤツの意向で全ての運命は決まる。
「前々から楽しみにしていたんだ。俺は朝から何も口にしていない。」
Bは誰よりも饒舌に語った。
「唯一口に入れたのはアメスピの煙だけだ。
今なら大盛りも食える。明日も飯は不要だ。明日夜の焼肉ディナーもキャンセルだ。デート相手は俺の家で梅割り風チューハイを飲ませておくよ。」
「会社から近い店に行くんだけど、皆と行くあそこは格別だね。」
Cはいつも通りイキっていた。
「俺は卵が大嫌いだが、卵が練り込まれた麺は例外だ。それに俺の血液型は生姜が効いたラーメンスープだ。中性脂肪?それって美味しいのか?嗚呼…50キロ以上太っていた18の夏を思い出すね。」
運転手である私は彼らの言葉を聞き、企画の成功は待ったなしだと実感した。アポ無しで私を訪ねてきたアホ面のDが「車に載せろ」と言ってきた。
「お前らの思う通りにはさせない。俺が最後の鍵だ。車は俺がいないと動かないぜ。
ローライダーを派手にホッピングさせろ。食後は全員ゲロ吐いて終わりだ。」
私にはヤツの顔がクリス・タッカーにしか見えなくなった。
吉祥寺を発つ車を走らせる。私の横には120キロの体重を誇るBが座る。Cの恋愛事情を根掘り葉掘りしながら語り、高円寺でAをピックアップした。
年長者で私以外とは初対面のAは持ち前のADHDをトーク力にステ振りして語る。
「こんなに大勢バカが乗ってるんだ。帰りは車がニンニクそのものに変貌する。」
全員の結束を堅める宣言であった。
期待を膨らませるためには時間が必要だ。適度な待ち時間は最高のスパイスになる。まだ夜も暑い。俺は決して並びたくねえ、と思っていた我々を待ち受けていたのは、予想を超えてけたたましいモーター音が鳴るその遥か遠くであった。
じりじりとしか進まない行列。空腹で苛立つC、泣きそうな顔をするB。
1時間半が経過。入店して即刻着席する我々。
ただ、そこからまた30分も待たされるとは誰も予想していなかったのである。
こ、
こ、
こ、これは…!?!?!?
空腹は最高のスパイスと言ったな。向こうも待たせた意識があったのか…?
マジでどこに麺を掴む隙間があるというのだ。
俺は豚を数える。5枚。iPhoneSEサイズが5枚。そして筋っぽいブツは…10個以上あるじゃん…
生玉子皿にブタ乗っけて麺をズルっとやれば嗚呼…待った甲斐というものだ。最高の富士丸ミストを顔に浴び、俺は10歳若返った気分になった。
アブラ皿を手に取った俺、有線の隙間から空耳が聞こえる。
「イメチェンした?」
お、おう…いや、コロナ禍なんで…なんてお茶を濁したところで俺の満腹感はすでに8割。なんつうアプローチや…確かに俺は半年来とらんかったのだ。
細かいスジ部食い尽くし豚を並べればもう満腹だ。俺大盛りにしてたらマジで死んでた。豚を食ってみたらまあショッペーのなんの南野陽子!久々にこんなブツ喰らって仕舞えばもう…なんて日だ!ぴえん!
アブラ玉子堪能して美味えと思うのも束の間、完全にバッド突入。
やばいぞこれは…とか言っていたら横にいたAは顔が完全に死んでいた。ヤツはブタを1枚沈めてフィニッシュムーブを決めようとして店主に制止される。
フィニッシュムーブがいらないことも忘れるほどの苦しみ、路上!
最後の一口だと弄った丼の中からチンアナゴさんコンニチワー。
マジかよ…やっぱココ魔窟すぎるぜ…
ギリギリ完食深々と会釈して退店。
イキリまくっていた連中が全員死んだ顔をして俺を待っていた。
帰りの車中、AとCを下ろした井の頭通りで俺残された我々は嘆息した。
「誰も美味かったって言わないのが凄い」
Bが呟く。
「3口目までは美味かった。そこから先は…苦しみの歴史だ。」
それでも俺たちは懲りないだろう。
だってここ、そういう場所だからな!