「目の前じゃん」
彼は呟いた。
実際に声が出ていたかどうかは、自分自身ではよく認識できていないようだ。
独り言には意味がある。私はそう思っている。言葉を発して自分の自我と世界の境界線を感じ、存在としての自分を認識するような、そんな作業的なものだと思う。視界に他者が入っていれば尚更のことで、よく独り言を言っているならばそれは大抵承認欲求の高さの現れか、そういった「意味を孕まない行為」を、結果的に訓練の如く繰り返してきた方だ。私はそう判断している。
目の前にいる彼はどうやら前者らしい。
さっき目の前にお年を召した淑女が通りかかったが、彼は何か救いの手でも待ち望んでいたのかもしれない。
そもそも彼は重大な任務に失敗した後であった。先読みの能力が著しく低下していたのか、それとも欲のなせる技か。おかずの唐揚げに対してご飯を食べすぎたせいで、唐揚げが2個余って途方に暮れたらしいのだ。
いつまでもお子ちゃまな彼である。その上に運命は残酷で、ライスおかわりができない雰囲気が仕上がっていた。そういうところだけ妙に空気を読んでしまうのもいじらしい。空気を読めない、読まないなどと批判されてきた人生であったようだが、人を怒らせたり困惑させる可能性があることについてはどうやらだいぶセンシティブになったと感心している。
しかし彼の足は止まらなかった。しかたねーなやれやれ、と私に聞こえるように言ったかと思えばiPhoneで動画を撮り出した。口の中ボロボロだよ、という言葉はそのまま画面に吸い込まれていった。私はバックビートに乗っかって彼の後を追った。
「混んでたら諦める」。こういう時にこういう言葉を吐き出すと大抵は空いているものだ。
多分に漏れずこの瞬間、我々の目の前には老夫婦が二人並んでいるのみだった。
こ、
こ、これは!?!?!?
という心の声が聞こえた。とんでもない顔をしてラーメンを見つめながら流れるようにレンゲを差し込み飲む。
うーん、なんだか「アッッッッッツ!!アッッッウィィィィィ!!」という声が聞こえるがブレの範疇だ。
ズルッとやれば嗚呼…言っちゃってる…言っちゃってるよ…あ、真顔だ。なんかわりと別にって顔してるな。
どれ私もスープを一口…うーん、ここの味噌を知ってしまうと少し弱い。そういうことか。
でもらいでんとかさんとらより美味いって?私に聞いてどうすんの。
口の周りテカテカにしてスープを飲んでいれば顔がキモくなってきたので思わず目を逸らした。。。ひでえ顔…
サクッと完食お会計して退店。
なんて言いながら店を出りゃ定宿が開店時間。店主と憂国の想いを共有してはモッキリセンターで駆け込み一杯ブッかまして実家帰宅。
冬の日本海沿いで星が見える夜を過ごすなんて。
とか言ってたら今クソ雪らしいな。