フロムムサシノ

エクストリームラーメン専門家。ラーメンブログ史上最強の駄文による記録。

オホーツク北見焼肉のっけ高円寺本店 『竹岡式らーめん大もり 煮豚 なま玉子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今となってはよくわかる。

人間は一人で生きて一人で死にたい、と思う気持ち。

 

 

 

 

 

 

 

昔、友とうっすら議論したことがある。

 

 

そもそも私は昔から、自分という存在よりも世界が先に立つ、という考え方である。今もそれは変わっていない。

 


世界が先にあり、後から生まれ落ちた我々がその世界の中で生きていく。生きていかねばならないし、強要されている訳ではないにしろ、我々生き物にはどうやら生存に対する本能が備わっているように感じる。

 

 


生恥を晒してまで生きねばならないのか。生恥、と感じることがそもそも世界の存在を認めていることになるのではないか。

 


その彼は認識論、世界よりも自己の存在が先に立ち、自らの主体の重要性を、あの頃は説いていた。デカルトに始まり、その後様々な哲学者に議論されてきたことである。
特に詳しい見識を持っているわけではないが、自分の存在の実感の方が重要だと感じられるようになったのがここ数ヶ月のことだ。

 


サルトルは実存という概念について、様々な矛盾を与えた結果になったと思う。世界の存在を肯定しながら、そこにある本質よりも現実的なことと、自分の存在意義というものを構築していく。構造主義、よりもポスト構造主義との接点がより深く見出せる気がしている。

 

 

こういうことを考えながら俺は自転車を漕ぐ。暑い夏の日でも、朝早く動き出せばそう辛いことではない。

可憐な文学少女だったはずなのに、いつのまにか悪い意味で大人の仲間入りしていたおばさん。

反知性マイルドヤンキーの象徴みたいなウルトラマンだった男。

そして頭が痛くなるほど盲目的に突っ込んでいく映画おじさん。

 

リベラルは寛容ではない、みたいなことを言われて「お前の寛容とは倫理的非道を指摘しないことか」などと一言で片付くような言質が増えているこのクソみたいな現状を見ていると、矢張り自分は物事に深い思慮と見識の拡大をしたうえで自己の肯定を求める必要があるなと痛感した。

 

 

 

 

そうして俺は、焼肉屋というスタイルを保ちつつ、ラーメン屋としての営業を始めるこの店に深いシンパシーを感じたのである。

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221414j:image





 

こ、
こ、これは!?!?!?

 

 

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221411j:image

 


俺は房総半島への縁が全くない。行く気もない。アリラン、竹岡式と様々な誘惑がありつつも、足が進まないのは矢張り悪い癖だ。

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221417j:image

 


ズルッとやれば嗚呼…頭がクラクラするほどお醤油味。

豚肉の脂と乾麺特有の啜り具合、そして香り。アレ…これ完全に好きなやつだし、なんか懐かしいな。

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221404j:image

 


生玉子つけてみれば最高に俺好みのブツ。絡め、絡んでくれ生玉子…

 

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221420j:image

 


やっぱこの肉…肉だよキミ。豚バラってなんでこんなに美味えんだろう。ライス必須だったな。
キマった。

 

 

 

f:id:standaloneramenjiro:20200910221408j:image


サクッと完食お会計深々と会釈して退店。

 

 

 

また焼肉も食いに行きたいなと思う。故郷の味だ。

 


お昼のラーメン、夜の焼肉…皆さんもどうぞ。
小さいお店で雰囲気バッチリですが、ご予約がベターです。