メッセージも想いも全て溜め込みがちな人々は
貯めた場所も忘れて明くる日を迎え続ける
そんな人生であってはならないのだ、本来は。几帳面な人だけが自分の思考を記憶、もしくは記録し、主張し続ける。これには非常に体力が必要とされる。
人間、否、日本人は特に「感情的」であることを受け入れにくいし、怒っていると疲れる人が多いように見える。年がら年中怒っている対象がある俺には上のようなことは簡単だ。受け入れられなければ辛い。
前提として申し上げたいことがある。
政治はスタンストークではない、と言うのが俺の主張である。
たとえば「自分は自民党支持者です」「立憲民主党支持者です」と。そう言うのは簡単であり、ぶっちゃけめちゃくちゃ楽だ。何も考えなくても「この人たちに任せておけばいい」と思えるからだ。
私は一貫して現・野党支持かといえばそうではない。野田が最後を迎えた時は俺、谷垣に懸けて自民党に入れた記憶がある。野田なんか安倍や麻生とは比べものにならないほど頼りなくてカリスマもなかった。自民党のリベラル派に賭けたものの、総裁選を見た後の俺の落胆は計り知れなかった。
小さな局面において、政治はスタンストークであってはならない。間違っている時は間違っていると声を上げねばならないし、正しいと思える時には支持せねばならない。
ただ。どーして今の無神経政治があなたの味方をしていると思えるのか。そればかりが疑問だ。
普段は政治に興味がないってのはもう、魂を抜かれている証拠だ。わかんねえで済まされたら自分の生活は守れない。あなたはそう教育されてきただけである。
教育には間違いも起こりうる。その一つの事故があっただけで、あなたの人生がそれで終わったわけではないので、政治について考えて欲しい。
国のメンツよりも自分の身について考えるべきです。
加えて言う。
自分の家でラーメンを作るのは簡単である。
スープも学べば作ることができる。今は独学で学ぶ方法もインターネットの広大な海を切り取れば、なんとなく基礎の基礎からは離れたそれっぽいことを学ぶことができる。
今回は乾物の出汁の取り方から学び直した。
一番だしとか二番だしとかいまだにその様式名についてはよくわかってないが、煮出しすぎるのもイマイチよくないと言うのを学んだ。し、煮干しを炒りすぎてえぐくなった経験というのはそれこそほろ苦い思い出だ。
あれはもうかなり昔のことか。もうすでに3週間近くもたったのである。
予めことわっておく。これは自画自賛の記録である。
こ、
こ、これは!?!?!?
塩ラーメンを作ったのは初めてではない。しかしながら明確にどういうものを作ろう、とイメージしたのは初めてだった。としおかの新・塩ラーメンである。
私の課題は製麺であるが…それについてはまたいつか書かせてもらおう。
まずは赤の山岸麺を引っ張り出してズルッとやれば嗚呼…うめえ。肉出汁と乾物の香りだけでここまで食えるレベルのブツになるとは。。。
てか麺もうこれで良くね?後々気づいた問題について書かせてもらうが、山岸麺は赤一択である。
鶏皮から抽出した鶏油は非常にいい仕事をした。
安かったのは良いものの形が酷すぎたバラ肉は、しっかり巻けばそれなりに良い形になった。肉まで塩だれで漬ける必要はないな、ということも学べたので非常によかったと思う。
極め付けはこれ。桃屋のニンニク。これマジでうまい。自宅ラーメンに必須のブツである。楽だし。
サクッと完食当然#完飲制倶楽部 ブチカマしフィニッシュムーブシンクのお片付け済ませお散歩にGO。
夜は漬け込んだ肉の一部を使い
いい感じにしたのち
豚バラ丼の完成だ。
と、まだあと3回は体調がマシだった頃の記録になる。
なかなか辛い日々を過ごしているが、詳しい話は次回以降。
書きたいことは山ほどあるが、まずは整理。