官邸で結婚会見。
総理大臣でもない七光り野郎がだよ?
お前何様だ。
と、何様による何様同士の論戦が起こることは間違いない。
なんの権力が働いてるんだ?
だけども問題は今日の雨、というよりは俺と同じ誕生日の貴女だ。期待しているぞ。旦那、お前はまずは郵政を公営に戻せ。バカ。
なんだか世の中が生きづらくなっているけども、それは大抵昔からそうであったわけだし、今更ずるい生き方をしている奴を見つけてもなんだか感覚が麻痺しちゃっているから皆無視してるけど、なんでキレねえんだろうな。
デモしようぜ。まずは早稲田の某ラーメン屋の雇われ店主を吊るしあげよう。ってのが俺の提案だが、行ったこともねえ店のことを言うのは俺の流儀じゃねえ。
これは本当に、皆が言いたいことを言わなさすぎるせいだ。言いたいことを言っている奴が目立ちすぎるし、大抵そういう時に物を言うのは馬鹿か大物か、まあこれも紙一重と相場が決まっている。
例えば批評というものについて言えばだ。基本的に学問の世界では当たり前に行われるわけで、それがなくなり忖度が始まった瞬間から学問は死ぬ。だから日本の学問は大抵死んでいる。
音楽の世界でも批評による論争巻き起こるが、アレは評論家なる生業を営む専門家がいるからであり、音楽家同士での評論が起こらないから問題なのである。
トムヨークならローリングストーンズを批評どころか批判する権利もあるだろう。
まあでもな。金もらってない俺らが批評するならいいんじゃないか、というのが正直なところだ。
というわけで本題だ。泥酔して高円寺で煙吸いながらツイッターなんぞを見ていれば小岩でライブの日だったことに気づいた某日。俺はボケた頭を爆音でさらにボケさせるために電車に乗ったはいいものの。
なぜ俺はニューリトルロックで降りたのか。
某ラヲタが一回は食っとけと言ったこの店に俺は足を踏み入れた。某ラーメン屋ランキング2位という輝かしいアレを店内狭しと貼っていたが、こういうのこそ出来レースなんじゃないかと。
捨て垢が
「毎年あいちトリエンナーレに行っていた」
などとツイートしては消えていく蜃気楼が見える現代日本においては、信用してはならないものだと思うんですよね。
こ、これは!?!?!?
見た目の派手なラーメンに一気に食欲が湧き、昼間に食ったもつ焼きと唐揚げが一気に消化された。が、
ネギ…丼…少ねえ…なんじゃこりゃ…
そしてチャーシュー厚すぎだ。
ズルッとやれば嗚呼!なんか聞いてたほど薄くはねえしまあ全然ありだな。フツーのラーショだ。
こないだの湯沢駅前ラーショは苗場バイアスがかかっていたのでまあ比べるのは酷かもしらん。
しかしまあ薄いな。確かに。
空腹になっていたかと思えばそんなことなく。最後の最後は分厚くも嬉しいチャーシューに人生を狂わされた感じすらあるな。
ニンニクぶちこみつつ厚みのある海苔。これは嬉しかったね。
サクッと完食フィニッシュムーブ軽く会釈して退店。
DMBQのみならずチーターズマニアも最高のライブだった。おしっこ漏れそうだし俺もシークレットバンドマンだし戦争反対だ!共鳴くんどうか立派なパンクスになって親父と戦ってくれ。
ライブハウスで元カノ見かけて動揺したこと以外はまあ最高な1日。
表現の自由ってやつだ。